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仙台高等裁判所 昭和46年(う)281号 判決 1972年1月25日

被告人 阿部正昭

主文

本件控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は仙台地方検察庁検察官検事竹平光明作成名義の控訴趣意書記載のとおりであり、これに対する答弁の趣意は弁護人蔵持和郎作成名義の答弁書記載のとおりであるから、これらをここに引用して次のとおり判断する。

所論は要するに、原審は鑑定受託者門伝亀久郎作成の鑑定書および同人の原審供述中血中アルコール濃度の鑑定結果に関する部分に証拠能力を認めず本件公訴事実のうち酒酔い運転の罪を認定する証拠がないとして無罪の言渡をしたが、これは証拠能力についての法令解釈を誤つて証拠能力ある証拠を排除するという訴訟手続の法令違反を冒しひいては有罪たるべき事実を無罪と誤認したもので、これらの誤が判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、併合罪の関係で原判決は全部破棄を免かれないというに帰する。

よつて審究するに、本件記録を精査し原審において取調べられた証拠(但し鑑定受託者門伝亀久郎作成の鑑定書および同人の供述中血中アルコール濃度に関する部分を除く)を仔細に検討すると、次の事実および経緯が認められる。

すなわち、被告人は昭和四五年七月一五日自宅で夕食後午後八時頃に二級清酒約一合を飲み原判示普通乗用自動車日産サニー宮五ほ四三四二号を運転して松島に赴き午後八時三〇分頃から午後九時頃までの間同所の飲食店「げんこつ」で清酒約一合五勺を飲んだうえ同店の奥の間で約二時間近く睡眠をとり午後一一時一〇分頃被害者高橋ヨシ子を助手席に同乗させて同店を出発し国道四五号線を南下し仙台空港附近のバイパスの名取食堂で五目そばを食べて帰途につき翌一六日午前〇時五〇分頃時速約八〇粁で北進して名取市増田町字北谷一四一番地附近にさしかかつた際カーステレオのテープを捜すためにダツシユボードを掻きまわすなどして前方注視を怠つたために先行車である三八五貨物運送のふそう四四年式普通貨物自動車の後部バンパー右角辺りに自車前部左側を接触させて横転し右同乗者を死亡させるという原判示事故を惹起したこと、被告人はその際顔面に切創および擦過傷、頸部に挫傷、右肩に擦過挫傷、右手背に切創を受けかつ上歯三本を切損するという傷害を蒙つて失神したが直ちに事故現場近くの名取郡岩沼町(現在は岩沼市)字町北一三五番地の芳賀救急病院に搬入され医師芳賀次郎当直看護婦大槻、同斉藤により顔面および右手背の各切創二ヶ所を縫合し注射六本をうつ治療を受けたのであるが、その際医師芳賀次郎は注射をうつに先き立ち看護婦に指示して被告人の中静脈から注射器を使用して血液約五グラム(二ミリリツトル)を採取させたこと、医師芳賀次郎は予て宮城県警察本部長から岩沼警察署警察医に委嘱されていたものであるが血液中アルコール濃度検査の資料として警察の依頼に応える心意で採血したものであること、(ちなみに医師芳賀次郎は原審における証人尋問に際し、検察官の「酒を飲んでいたかどうかおわかりでしようか」との質問に対して「それはね、私達、まず患者来ましたときですね、これは警察の嘱託医やつているものですから患者の匂かぐんです、飲酒がある場合に、酒の匂がある場合に、一〇〇パーセント血液とりまして何しますし、血液とらない場合に署の方でゴム風船を持つて来てやるものですから、念のために血液は五グラムはとつておりますけれども、たまたま阿部君の場合に酒の匂がするもので酒のまないかといつたらドライブインで飲んできたと本人が話すので、これは間違いないというので血液をとりまして、これを警察の方に送つたはずです、すぐ警察の方で間もなくきたもので、」と述べ、以上記録一七一丁表から裏、さらに弁護人の「どういうことでとつたのですか」との質問に対して「交通外傷の患者でですね、酒気があつたり酒を飲んだりした場合に一応注射する前に検査するだけの血液の量を警察の方から依頼されていますものですから五グラムずつとつております」と述べている、以上記録一八〇丁裏から一八一丁表)、右の如く採血の後に注射などの治療を了えるまで約一時間を経過したが被告人は右治療の終わる直前の頃に意識を恢復したもので採血に気付かずもとより承諾を求められたことも承諾したこともないこと、岩沼警察署当直主任巡査部長小松敏男は事故現場に急行したうえ午前二時半頃芳賀救急病院に赴き右採取にかかる血液の入つた試験管を受け取つて帰署し午前四時半頃交通事故主任巡査部長浅沼秀東に手渡して引きついだこと(この間のいきさつにつき証人小松敏男は原審公判廷において、検察官の「院長先生とは何か話しませんでしたか」との質問に対して「先生に対しては、先生、この酒飲んでいるようなんですが、採血、要するに治療のときいつでもやつてもらつているわけです、それを血液ございますか、あるよというようなことで、そのあと提供を受けたわけです」と述べ、以上記録九八丁表、さらに原審裁判官の質問に対して「いや、芳賀先生は警察医になつておるんです、それでこういうような酔払つて運転したようなもので警察官より先に救急車で運ばれるものでございますから、そういうものに対して飲んでおるという場合には私のほうで、前に、そういう場合にはその治療のときに血は保存してもらいたいということを常にお願いしておるわけですから、自動的にそういうふうな格好になつておるわけです」と述べている、以上記録一〇四丁表から裏)、巡査部長浅沼秀東は右血液入りの試験管を午前四時半頃巡査部長小松敏男から受け取つて直ちに署の冷蔵庫に格納し岩沼警察署長名義の宮城県警察本部刑事部鑑識課宛の鑑定嘱託書(昭和四五年七月一六日付宮岩鑑第一五五号)を作成したうえ同日午前九時頃右血液入りの試験管とともに交通係パトカーに託したこと、(当審における事実取調の結果によれば、浅沼巡査部長は右鑑定嘱託書に鑑定資料たる右血液の採取時の状況として「医師芳賀次郎が手当中流出する被疑者の血液を採取し任意提出したものを当署司法警察員巡査部長小松敏男が領置したものである」と事の真相に副わない記載をしたことが認められる)かくて鑑識課にもたらされた右血液は同日同課犯罪科学研究室警察技術吏員門伝亀久郎のもとでコンウエイ微量拡散法による検査が実施された結果〇・一三パーセントのアルコールすなわち血液一ミリリツトルにつき一・三ミリグラムのアルコールを含有するということが判明しその旨の鑑定結果を記載した鑑定書が同月二〇日付で作成され鑑識課長より岩沼警察署長宛に回答されたこと、右鑑定書は原審において検察官より証拠調の請求がなされたが刑事訴訟法第三二六条所定の同意がえられなかつたため証人門伝亀久郎の供述によりその成立の真正を立証したうえ同法第三二一条第四項により異議なく証拠調を終つたのであるが、原判決はおよそ前叙のとおりの血液採取の経過を認定したうえ、被告人の承諾も刑事訴訟法第二一八条所定の身体検査令状もなくしてなされた採血には憲法第三一条および刑事訴訟法第一条の趣旨にかんがみて重大な手続違背がありこれを資料としてなされた鑑定結果およびこれに関する前記門伝供述部分は証拠能力を欠き排除されるべきであるとし他に道路交通法施行令第二六条の二所定のアルコール保有濃度があつたと認めるに足りる証拠なしとしていわゆる酒酔い運転の罪につき無罪の裁判をしたものであること、以上の事実および経緯が認められる。ところで、

一、所論はまず右鑑定資料となつた血液は警察医芳賀次郎がその警察医としての職務とは無関係に警察からの委嘱もなく自発的に協力するつもりで、また黙示の承諾が推認される場合とみられる緊急治療の過程で生理機能に影響する筈のない僅か二ミリリツトルという少量を採取したもので令状を必要とするが如き場合に該らないという。なるほど当審における事実取調の結果によると警察医は警察学校入校者の健康管理、刑事警察の運営および救急的施設の必要性から委嘱されるもので警察医委嘱関係の存在それ自体により当然に一般的に鑑定資料採取の嘱託があつたものとは解されないこと所論のとおりであつて、この点につき原判決が恰も警察医であることの故に飲酒の疑のある交通事故者の血液採取を包括して委嘱を受けていたものと読めるが如き判示をしているのは措辞些か正確を欠く憾なしとしないが、ただ前摘録の証拠に見られるとおり岩沼警察署員と医師芳賀次郎との間には別段にその根拠についての明確な認識もないままに同医師が同署の警察医を委嘱されているという関係から運転者の酒気帯びないし酒酔い状況の資料とすべき血液の採取保存を依頼し依頼されているという意識が双方の側にあつて本件の場合もこの意識から当然のことという気持で採血され且つ受け渡しされたものであることが明白であるから、医師芳賀次郎の採血行為が警察の捜査活動と無関係な私人の行為であつてこの点につき原判決に事実誤認があるかの如くいう所論は当らず、たとえ採血が治療の際に行われ僅か約五グラムすなわち二ミリリツトルという少量で身体の健康にどれほどの影響も及ぼさない程のものにすぎなかつたにしても捜査官としては任意の承諾のもとに血液の提出を受けえない以上医師芳賀次郎に対して刑事訴訟法第二二三条に基づく鑑定の嘱託をなし同法第二二五条第一六八条第一項による鑑定処分許可状を求める手続を践むべき場合であつたことは否み難い。この点につき原判決は同法第二一八条の身体検査令状によるべき場合であつたというが同条の身体検査はあくまで検証としてすなわち身体の外部から五官の作用によつて為しうる程度のものに限られるべきで軽度であるにせよ身体に対する損傷を伴い生理的機能に障害を与えるおそれのある血液の採取はいささか検証の限度を超えると思われ特別の知識経験を必要とする医学的な鑑定のための処分としての身体検査によるのが相当と思料されるのでこの点については原審と見解を異にするのであるが、いずれにせよ裁判官の発する令状によることの必要な捜査活動と解する点において軌を一にするのである。所論は医師芳賀次郎が警察に対する検査資料提供の意図のほかに診断治療の判断資料として宮城県臨床検査センターに送る意図もあつたと主張し本件採血が捜査活動の一環にほかならなかつたとした原判決の認定を争うのであるが、本件記録を精査すると、本件採血の際に後者の意図すなわち臨床検査センターに送る意図をも併せ抱いていたとの旨の供述は同医師の原審証人尋問調書中には全く存せず所論指摘の記録一七四丁および一七五丁表に見られる供述部分は同医師が平素採血した場合に臨床検査センターに送るときなど他の血液との取り違えに備えることもあつて採取年月日検査目的および氏名を標記するのを常としているので本件の場合も左様な記載をしたと思うという趣旨の供述をしたものであることが前後の文脈から明らかであつて、本件採血の場合に臨床検査センターに送る意図もあつたかの如くいう所論は右供述部分を曲解するものであつて到底採るをえない。さらに所論は採血につき緊急時の治療行為に伴う被告人の黙示の承諾が推定される場合であつたとみることができないこともないというが、採血という人身に対する直接の侵犯を伴う場合とは類を異にする家宅捜索の如き場合にあつてすら犯罪捜査規範第一〇八条は任意の承諾が得られると認められる場合においてもなお令状発付を受けて捜索しなければならない旨定めているように、令状主義の制約を潜脱する名目に堕す虞れの著しい暗黙の承諾を首肯するに足る根拠もなく所論の如く安易に推定すべきでなく、さらにまた所論は被告人が自己の面前において医師芳賀次郎が警察官小松敏男と採血につき問答を交わすのを聞きかつ血液の入つた試験管が授受されるのを目撃しながら何ら異議を申し立てた形跡もないと認められる事情もあるというが、被告人が芳賀医師の診療室において意識回復後左様ないきさつを見聞認識したと認めるに足りる証拠がないのみならず(当審における事実の取調によれば被告人はそのようなことは全くわからなかつた旨供述している)、たとえ被告人が見聞認識しつつ何ら抗議しなかつたとしても、現に令状なき採血を拒みうることを告知されなかつた以上、異議なく承諾したものと解する余地は存しないのであつて、いかに本件採血が危険でも苦痛でもない通常の医学的処置に従つて一片の無理強いもなく(失神中)行われたにしても、なお承諾なき以上令状によることを必要とする場合であつたといわざるをえない。

二、次に所論は、仮に医師芳賀次郎が承諾も令状もなくして注射器で中静脈から採血した方法が違法であつたとしてもその故に血液の性質成分に変異を来たす筈はなく血中アルコール濃度についての測定結果に対する影響はさらにありえない理であるから殊更に証拠能力の有無を論議する余地はない筈であり、仮に違法収集証拠物を排除すべき場合があるとする考え方によつても本件手続の違法は重大なものではなく本件の事案における法益均衡にかんがみれば証拠能力を否定すべきでないこと明白で、いわんや鑑定資料採取のいきさつを知る由もない鑑定人門伝亀久郎の測定した鑑定結果の証拠能力に影響を及ぼすものと解すべきいわれは全くないという。所論指摘の昭和二四年一二月一三日最高裁判所第一小法廷判決(最高裁刑事判決特報二三号三七頁、裁判集一五巻三五〇頁)以下の少なからざる裁判例が収集手続の違法が証拠能力に及ぼす影響につき供述証拠における場合と非供述証拠における場合とを別異に考えるべきものとした考え方は、収集手続の違法が事の真相からの遊離すなわち虚偽や過誤を誘発する懼れと結びつくかどうか換言すれば実体的真実発見への有効性に重点を置く限りもとより当然の合理的な視角ではあるが、右裁判例は、単に証拠の信憑性ないし証明力との関係でのいわゆる狭義の証拠能力の側面からの判断を示したにとどまり、いわゆる証拠の許容性すなわち証拠収集手続の瑕疵の程度態様の如何によつては証拠物にあつてもなお証拠禁止のありうることまでも否定し去つたものとは解されない。のみならず、所論指摘の判例における証拠収集手続の瑕疵はいずれも本件の如き令状主義違背という刑事訴訟法の基本原則に関するものとは類を異にする比較的軽微な手続違背であるばかりでなく、純然たる物の捜索差押と生身の人体の血管からの血液の採取とは同列に論じ難いもののあることも否み難く、畢竟事案を異にするが故に本件に適切でないといわざるをえない。そして採血行為自体は人の身体に対する傷害を伴うもので重大な人権にかかわるものであり、本件採血行為は令状主義に反し重大な手続違背を犯してなされたものといわなければならないこと原判決のいうとおりである。すすんで実体的真実の故に適正手続の要請を閑却することなく両者の調和をはかるように配慮しつつ所論諸般の法益の均衡を考察するとき、酪酊運転が極めて悪質な犯罪であつて事故を惹起した運転者の挙措顔貌臭匂に飲酒の確実な徴憑があり早急に検査するに非ざれば寸刻の経過とともに身体に保有するアルコール濃度が急速に消失して了うこと明らかな事態のもとで病院における治療の際に心得のある看護婦の手で通常の医学的手法により危険でも苦痛でもない微量の採血がなされたにとどまり、加えて前認定のとおり、当審における事実取調の結果によると別段に故意にたくまれたとは窺えず不注意のゆえと思われるにせよ鑑定嘱託書に事の真相に合致しない採血経緯の記載がなされたこともあつて鑑定受託者門伝亀久郎は鑑定資料の収集過程に違法の節があるなどとは毛頭知る由もなかつたと認められることよりすれば、同人作成の鑑定書および同人の供述中の血中アルコール濃度に関する部分に至るまで排除しなければならない程のことはなくそれらの証拠能力がいずれも認容されて然るべきが如く思わしめるものがないわけではない。しかしながら、血液採取のために身体検査令状を要すると解するにせよ鑑定処分許可状を要すると解するにせよ孰れにしても憲法および刑事訴訟法上の基本的な令状主義にかかわる問題であり、従前より道路交通法上の取締につき厳格化の一途を辿つた酒酔運転におけるアルコール保有程度の調査も実務上北川式検知器による呼気検査を一般とし、本件事故の直後から施行された道路交通法第六七条第二項、第一二〇条第一項第一一号の三同法施行令第二六条の二も風船による呼気採取という検査方法を定めるにとどめその例外としての採血に論及していない立法形式にかんがみても、血液採取についての令状主義の原則は尚厳格に遵守されるべき法のたてまえであると解するほかないのである。なるほど違法収集の問題が捜査官の故意に基づくことは殆どありえず多くは稀有例外の事態における状況判断の誤りや手続の過誤に基因するものであることを思うと証拠排除による違法収集に対する予防効果を政策的に期待することが一見いかにも筋違いであるように見えるとともに眼前の有罪者をみすみす免がれさせることに対する正義感情に副わざるもののあることは否み難いにしても、法の侵犯者としての被告人を処罰すべき立場にある裁判所が捜査機関の本件の場合のような違法の証拠収集手続を不問にすることは自ら法を破るにも等しく、国家が自ら作った法を守らず法の支配に背くことが根本的に悖理であること多言を要せず、諸般の政策的見地にかんがみても微視的にはいかにも筋違いで的外れのやぶにらみであるかの加くであるにせよ巨視的には捜査における違法行為の抑制にまで配慮を行き届かせた適正手続を確保することこそ公平な裁判と人権の保障に遺漏なき究極の正義にかなうゆえんであることを想うべきであるから、本件の場合における重大な違法収集証拠の罪証に供すべからざることまことに原判決のいうとおりであるとともに、所論の如き当該収集物件自体から離隔と認識の断絶の故に救済的解釈を一旦容れるときは捜査官において関知しなかつたという言辞にかくれて違法収集に走るに至るが如き弊を招来する虞れなしとせず、ひいては実体的真実のためには手続の適正と司法の廉潔とを蹂躙して顧りみない方向に途を開くことになる懼れなしとしないことに思いを致すならば、眼前の取締の必要便宜に目を奪われることなく、違法収集証拠の有効な防遏のために連鎖する限りのすべての証拠を排除することこそがまさに刑事司法の究極の目標に合致するところで、本件事案においてはなんら所論法益の均衡を破るものではないといわざるをえないのである。

三、さらに所論は、原審において鑑定受託者門伝亀久郎およびその作成にかかる鑑定書の証拠調を異議なく了えた以上証拠禁止の憲法上の特権を放棄したものとみることができ、採血手続の違法の如何にかかわらず証拠能力ありと解すべきであるという。なるほど本件記録を精査すると、原審において弁護人は採血手続の違法を主張したことはなく専ら鑑定資料に供された血液が果して被告人の血液であつたかどうかに疑を挾みその故に鑑定書を証拠とすることに刑事訴訟法第三二六条の同意をしなかつたと窺われるのであるが、左様な心意であつたにせよ現に同意のなかつたことは明白である。また原審に於てなされた同法第三二一条第四項による証拠調の際に異議がとどめられなかつたからといつて、本件のような重大な違法の存する場合は明示の意思表示による憲法上の保障の放棄のない限り所論のように権利の放棄により適正手続確保の必要性がなくなつたものと速断することは相当でないというべく、いわんや、所論引用の昭和三六年六月七日最高裁判所大法廷判決(刑集一五巻六号九一五頁)は緊急逮捕に先行する麻薬の捜索差押を適法とした事案に関するものであるのみならず、その麻薬の捜索差押調書および鑑定書が同意のうえ異議なく適法な証拠調がなされたという事案に関するものであつて本件に適切でない。むしろ右大法廷判決を仔細に考察するときは、緊急逮捕着手の時点に先行しても接着するが故に適法な捜索差押であると判断しながら尚同意と異議なき証拠調を経たが故に証拠能力を有する旨の傍論を判示したことは、同意がなく証拠調に異議ある違法収集証拠は排除されるとの考方を前提としたものと解されないでもないのである。

その他所論のすべてにつき仔細に検討しても本件採血は重大な違法というほかなくこれを鑑定資料とした鑑定結果は証拠として許容されるべきでないこと原判決のいうとおりであり、結局被告人が本件事故当時昭和四五年政令第二二七号による改正前の道路交通法施行令第二六条の二所定の数値のアルコールを身体に保有していたと認めるに足りる証拠無きに帰し、酒酔い運転の罪はこれを認めるに由ないのである。

以上の次第で原判決にはなんら所論の如き法令解釈の誤、訴訟手続の法令違反ないし事実誤認の違法はなく論旨は理由がないので刑事訴訟法第三九六条に則り本件控訴を棄却すべきであるから、主文のとおり判断する。

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